黒魔術部の彼等 ディアル編6


今日は、朝から何度ため息をついただろうか。
気分が重くて、くすりとも笑う気にならない。
今の自分は、陰鬱な部室の空気と同質になってしまったかのようだった。

「ソウマさん、今日は影がありますねえ。理由はだいたい察しがつきますけど」
「・・・二人には、無縁の悩みだろうな」
もうすぐ、実技試験がある。
紙装甲のバリアしか張れないソウマにとって、試験は苦痛でしかなかった。

「攻撃手段を持たない生徒の配慮のために、ペアで出ていいはずですが」
「役に立たない補助役なんていらないよ」
攻撃を一切防げない、何の意味もない壁なんて笑いものにされるだけだ。
「私が出られたらいいのですが、試験時間は私も同じ時間ですからねえ。
人型のホムンクルスでもお作りしましょうか」
「・・・いらない。耐えてれば済むから」
重々しい溜息が、部屋の空気と入り混じった。


自分に雷でも落ちないか、落石で骨折でもしないか期待したけれど
そんな都合のいいことが起こるはずもなく、当たり前のように試験時間がやってくる。
実技試験はランダムで選ばれた生徒との対戦で
ペアができるはずもなく、一人で行われることになった。

試験は、四方を魔壁で囲われ、外へ力が出ないようにした空間で行われる。
今年も、一撃で壁を崩されて、紙装甲で教師を呆れさせて、周りから笑われればそれで終わりだ。
憂鬱な気分で表情を暗くしているさなか、やけに周囲がざわついていた。
周りを見ると、自分の方に視線が集まっている。
何かあるのかと振り返ると、まさしく注目すべき人がいた。

「二人で出てもいいのだろう」
「あ・・・あ、そう、ですけど」
部活にしか出ないはずのディアルが、隣に並ぶ。
実技試験なんて、ディアルにとってほぼ意味のないことなのに。
その理由は、試験開始直後すぐにわかる。


試験が開始され、魔壁の中へ入る。
相手も二人組で、こちらが戦えるのが実質一人だけれど、人数なんて関係ない。
ディアルが手をかざした瞬間、一人が強い衝撃波に吹き飛ばされたように、魔壁に叩きつけられた。
ぎょっとしたパートナーは、炎の弾丸を発射する。

「壁を張ってみろ」
「あ・・・はい」
前に両手をかざし、ダメもとで巨大な壁を張る。
見た目だけは立派なものだったが、炎が当たった瞬間、あっけなくひび割れてしまう。
2激目が直撃すると、ばらばらと崩れてしまった。
ディアルが動じることなく指先を振ると、弾丸は動きを変えて一塊に集まる。
太陽を思わせるほど熱く眩しい火の玉は、放った相手の方へ勢いよく落ちた。




全てディアルの力で試験は終わり、今回は一切笑われずに済んだ。
注目されるのは落ち着かないけれど、見下された視線を感じず気は楽になった。
部活に来ると、ほっと安心する。
「お二人とも、試験お疲れ様でした」
「うん、まさかディアルさんが来てくれるなんて・・・驚いた」
どんな視線だろうと、注目されるのは嫌いなはず。
それなのに、自分を助けてくれたことが、この人の特別になれたのだろうかと嬉しくなった。

「ディアルさん、今日は本当にありがとうございました。
何か、お礼をさせてください」
「なら、今夜お前と共に寝たい」
寝たい、という単語にどきりとする。
「おやおや、ディアルさんにもそういう欲があったのですか」
「睡眠欲くらい、お前にもあるだろう」
一瞬反応した心音が、すぐに平常に戻る。
ディアルにとって、自分は湯たんぽのようなものなのだと改めて感じていた。


「・・・ディアルさん、先に家に行っていてください。
少し、キーンと話したいことがあるので」
「ああ」
ディアルが出て行き、キーンと向き直る。
「ディアルさんのことで、何か知りたいのですか?」
何も言っていないのに、すぐさま見透かされる。

「まさしくその通りなんだけど、ディアルさんって読書意外に趣味はないのかな」
「あの人に、趣味ですか・・・。そもそも、読書も好きでしているのかどうか」
「だって、いつも本の虫じゃないか」
「ディアルさんの力、超能力は簡単に相手を支配できる強力なものですが、その分負荷大きいはず。
それに耐えうるよう、脳を鍛える為にひたすら情報を詰め込んでいるのでしょう」
小難しい本を読んでいるのは、そういう理由からなのだろうか。
ディアルが周囲に無関心なのは、他に趣味がないからなのではないかと感じた。

「趣味がないなら、見つければいいんだ。脳が活性化しそうなもの・・・」
「それなら、あなたが傍に居てさしあげることが一番だと思いますが。
あの人がわざわざ試験に出るなんて、あなたに関心がある証拠ですよ」
嬉しいことを言われて、頬がほんのり熱くなる。

「・・・と、とにかく、何か見繕ってくる。キーン、ありがとう」
「ふふ、青春ですねえ。眩しいですよ」
気恥ずかしいけれど、悪い気はしない。
ディアルにもっと幸せなことを感じてほしい。
そう思うことが、自分がディアルを想っている自信になっていた。


夜は転送装置を使わせてもらい、ショルダーバッグを携えてディアルの家に行く。
部屋で相変わらずベッドに座って読書をしていたが、隣に座ると本が閉じられた。
「今日は、荷物が多いな」
「キーンから、ディアルさんは脳を鍛えてるんだって聞いて。これやってみませんか」
ショルダーバッグから、まずは数冊の本を取り出す。
手渡したのは、クロスワードパズル超上級と書かれた本。
ページを開くと見開きをまたぐほどのマス目が書かれていて、嫌気がさしそうな規模だ。
ディアルは、マス目をじっと見ている。

「・・・ケルベロス、ミノタウロス、ヤマタノオロチ」
「え?」
「クロスワードの答えだ」
まさかと思い、後半のページの答えを見てみる。
悪魔の名前三連がそのまま書かれていて、目を見開いた。
だが、一瞬で解いたのではなく、この本を知っていた可能性はある。

「じゃあ、こっちはどうですか。ピクロスって言って、マス目を塗りつぶすと画像が出てくるんです」
今度は、さらに細かいマス目がびっしり書いてある本を見せる。
それも、ディアルはじっと見て
「ベルゼブブの絵か」
と、言ったので答えを見ると、まさしく巨大な蝿の絵が描かれていた。
一体この人の頭の構造はどうなっているのだろうか。
超上級も形無し、短時間で解かれては暇つぶしにもならない。


「・・・本は飽き飽きしてますよね、別のものもあるんです」
本はさっさとしまい、次に取り出したのは絡まった細い金属。
いわゆる知恵の輪というもので、迷路のように入り組んでいて複雑怪奇だ。
手渡すと、ディアルは掌の上で知恵の輪を浮かべる。
手を使わずとも金属は滑らかに動き、するすると外れてしまった。

「・・・間違って簡単なやつ買ってきたのかもしれません。
こっちは見た目からして難解ですよ」
めげずに、パーツが細かいルービックキューブを知恵の輪と交換する。
それも、掌の上でくるくると回り、ブロックが素早く回転する。
人の手ではありえないほどの速さで、全ての面が揃ってしまった。
もう、開いた口が塞がらない。

「こういったものには、パターンがある」
「解きつくしていたんですね・・・」
溜息をついて、すごすごとルービックキューブをしまう。
「解いてみたかったのか」
「いえ・・・ディアルさんの趣味が見つかればいいなと思って」
全て不発に終わって、肩を落とす。

「趣味・・・か」
ディアルが、じっとこっちを見る。
ふいに手が伸ばされ、広い掌が頬へ添えられた。
そうやって、少し触れられるだけで心音は反応してしまう。
「そ、そういうことされると、歯止めが効かなくなりそうです・・・っ」
いつかのように、ディアルの肩を押してベッドに横たわらせる。
すぐにその上へ覆い被さって、衝動のままに唇を重ねた。

掛布団を引き寄せるよう、背に腕が回される。
それが嬉しくて、調子に乗ってしまう。
小さく舌を出し、唇を軽く舐める。
応えるように隙間が開かれると、喜びを覚えつつその中へ自身を進めた。
ゆったりと、ディアルの舌へ触れる。
相手が積極的に動くことはないけれど、逃げる様子もない。
重ね合わせ、お互いの体温を感じていると安心していた。

激しくはせず、やんわりと絡ませる。
ディアルの柔さを感じ、緩やかな行為でも体温は幸福感と共にじんわりと上がっていくようだ。
なだらかな行為でも液が交わる感覚が艶めかしくて、徐々に気持ちが高揚する。
このままだと眠るどころではなくなってしまいそうで、名残惜しくも身を離した。

「体温が上がると、心地良い」
「掛け布団が温まって、眠たくなりますか?」
「・・・ああ」
ディアルの声は、すでにぼんやりとしている。
布団扱いから抜けられないのは、微妙なところだけれど
こうして堂々と触れることができるのは、幸福以外の何者でもない。
首元に寄り添って、目を閉じる。
幸せな夢が見られそうなのは、自分も同じだった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
5話で終わる予定でしたが思い付きで続き。